7章:温帯低気圧、ノッポンを直撃


朝、予定通りに5時に起きた。

フェリーの時間は6時半だったが、得てしてフェリーの乗船時間は30分まで等の時間の規制が
つく。

なにより6月の北海道を旅してみた感じでは、このフェリーは間違いなく混んでいるだろうと言う
ことが予想できた。

急いで支度をし、出発の準備が整うとオーナーにお礼を言って、近くにあるフェリー乗り場に向
かうことにした。


天気のほうは低気圧が接近中なだけあってぱらぱらと冷たい雨が降っていたが、心配してい
た風のほうはそれほどでもなかった。

前日まで台風だった低気圧はずいぶんその勢力を弱めてくれたようでこの段階でほっとした。

フェリー乗り場の近くには、目的不明の巨大な構造物があったが、これはどうも昔に作られた
防波堤らしい。

観光地になっているらしいが、どうも余り観光したくないような物体だった。


フェリー乗り場には5時半ぐらいに到着したが、ちらほら人がいるものの混んでいると言う風で
もなかった。

チケットを購買しフェリー出港を待つことにしたが、待っている間やたらと建物の中を風が吹い
てきて寒さに凍えていたことを覚えている。

それもそう、昨日の失敗に懲りずに相変わらず半そで一枚で外へ繰り出していたからである。

さすがに寒くなり、上に2枚上着を着ることにした。

6月とはいえさすがに北端に来れば結構寒い。


フェリー乗り場にはいつのまにやらかなりの人間が集まってきていた。

どうも2,3台のバスからツアー客が降りてきたのがその原因のようである。

ガイドさんは声を張り上げて一生懸命、ものどもをまとめ上げようとしていたがあまり効果があ
る風ではなかった。

乗船口はいつの間にやら長蛇の列になっていたが、乗り物を一緒に載せる自分は搬入口から
船内に入ることが出来、しかもその時間は旅客が乗船する時間よりも早いのでやや優越感に
浸れる(まあ自転車の代金分余分に払っているのでそれぐらい当然だとおもうが)。


ドックに入ると寒さに磨きがかかったが(理由はわからないが、冷蔵庫のように冷えていた)客
室に入ると暖房が効いていた。

座席などは一等客室か外にしかなく、二等客室はただのじゅうたんがひいてあるだけだった。

まあわずか1時間半程度の船旅なので別に良かったが、とりあえず一番端の邪魔になら無さ
そうなところに陣取ることにした。


待つこと10分、ツアーの連中が入ってきた。

一瞬にして船室は満席になり、じゅうたんがひいてあるエリアには人が充満することになった。

先に来て場所をとっていたことは少しは意味があったかもしれないが、最終的に満員電車的な
状況になったことは2等船室を呪う結果になった。

胡坐をかいて座っていたエリアのみが自分のエリアとなり膝がツアー客らとぶつかり合うまでに
人間が接近するこの状況、ちょっとありえなかった。

利尻島のフェリーはやたらと混むので出来れば入り口のところにある椅子のところに陣取るほ
うが無難である。


ツアー客を率いるガイドさんはえらいことになっており、中には礼文島行きのフェリーと間違え
て乗ってしまったお客さんなどがいたようで、出港が大幅に遅れた。

いつも思うが、ツアーは本当にオレの邪魔しかしない。

出港までの時間は1時間近く感じたが実際のところは20分程度だったと思う。


出港と同時に酸素すら薄くなるこの状況に耐えられなくなり、とりあえずマイプレースを確保す
るようにカバンをどかっと置きデジカメを持って外に出ることにした。

外はビュービュー風が吹いており気温も低かったがそんなことよりも酸素が吸える状況のほう
が大事だった。

よくも、あんなところにくすぶっていられらものだと思ったが。

通路にも人が座っていたが、ガイドさんなどはぐったりと疲れこんだ様子で通路で寝ていた。

おそらく色々な準備もあって4時とかに起きているに違いない。


外ではカモメに餌をやったりして遊んでいるツアー客らがいたが、さすがに寒さのせいか人口
密度はそれほどでもなかった。

とりあえず外に出て、外の風景を撮影することにしたが天気の悪いことといったら無かった。

天気  

空の色は真っ黒、近づいてきているはずの利尻島も全く見えず、やたらと霧の濃い部分が利
尻島であるということしかわからなかった。

この極悪の天気の中、ようやく船は利尻島に着いたが、置いていたはずのバッグはなぜか5m
ほど移動していた。

・・・まあ、いいか。


自転車の置いてあるドック内に入るとやはり冷蔵庫のように寒い。

おそらく風が通り抜けるような構造になっているからだろうが、自転車を触ると以上に冷えてい
たことを覚えている。

まもなく着岸し、外に出た。


さて、利尻島に入ってまず行なうべきことは、金を下ろす事である。

この時の所持金はたったの800円であった。

銀行は8時半開店ということで到着後15分ほど暇があったので売店でパンを買い、それを食べ
ていた。

すると、カラスが舞い降りてきて物欲しそうにこちらを見ていると、突然!キャリアにおいてあっ
4色パンを持って飛び立とうとしたのである

なんと!

今まさに飛んでいこうとした瞬間、4色パンが特大だったこともあるのだろう、パンとともにカ
ラスは地面に落下した

こういう珍しいシーンを拝めたのは、まあ嬉しいのだが、カラスを許すことは出来ない

そのままおとなしく可愛い禽獣を演じていればパンのひとかけらでもあげたのだが、これでは
パンをあげることも出来なくなってしまった。

去ね!!コラァ!


4色パンをふところにいれ、無事銀行で金を下ろしユースホステルに向かうことにした。

なお、利尻島のユースホステルは札幌から電話をかけて予約済みである。

利尻グリーンヒルYHまで地図によると自転車専用道路なるものが通っているはずなのだが、
あいにくチャリ専用道路は見あたらなかった。


天候のほうは島についても極めて悪く、まあその様子はこの写真を見ていただければ一目瞭
然だろう。

黒く垂れ込めた雲は島全体を覆っているのが判る。

無事ユースホステルを見つけ、チェックイン、その際に明日山に登るかどうかを聞かれた。

どうも登山計画書などを書いてもらうためらしいが。

実際めちゃくちゃ天気は悪く、明日になっても晴れるかどうか怪しかったが、ある程度の天候で
あれば登ろうとはこの時思っていた。

ただ、ある程度という基準は全く決めていなかった(つまり命の危険を感じるまでは登り続け
ようと思っていた)。


荷物を置き、とりあえず明日の登山に備えて登山口およびこの周辺道路を見回ることにした。

利尻島には計3つの登山ルートがある、いやあったと言うべきか。

*鴛泊(おしどまり)ルート
*沓形(くつかた)ルート
*鬼脇ルート

の3つだが、した二つは中・上級者用で鬼脇にいたっては崩落が激しく閉鎖されたと聞いた。

事実鬼脇を掲載している地図はほとんど見当たらなかった。


沓形は中級者向きルートで、標高600mほどの見返台公園から登山するルートで、こちらから
登る予定であった。

とりあえず登山口の様子だけでも見ようと思い公園を目指すことにした。


ユースを出てすぐに自転車専用道路があり、その道なりに西へ向かうと公園がある。

自転車専用道路は車道からかなりはなれたところを走行しており、またほとんど人もいないた
めにのんびり走ることができた。

昨日痛めた膝は相変わらず痛かったが、ゆっくり走ることで何とか乗り切っていた。

道路は激しく蛇行していたが、山の方向へ向かうと天気が悪いながらも見事な利尻山を見るこ
とが出来た。

利尻山   


また、海沿いを走っているせいか、カラスがもってきて食べたのであろうウニが自転車道に転
がっているのがシュールだった。

自転車道はカモメの営巣地の中を通っていたが、この辺りの自転車道路はすごいことになって
いた。

自転車でその休んでいるカモメの中に突っ込んでいくと暗い空にカモメが羽ばたくと言うちょっ
と怖い写真を撮ることが出来た。

怖い写真  

また自転車道にはかなりカモメの糞がひどく散乱しており、その上を走るとタイヤはアレにま
みれた

背中にアレを飛ばさないように慎重に走ったが、まあ最悪な結果を招いた。


途中、自転車道を地図を発見したので写真を撮影、ダラダラ走っていると、車道を一旦渡り、
山側のほうに自転車道がシフトした。

利尻町カントリーサイン

山側にシフトした自転車道は傾斜がややきつくなったが、まあ雄冬を抜けてきた自分にとって
はそれほど大したことではなかった。


山側にシフトするにしたがって、少しずつ終着点に近づいてきたのが判った。

終着点は運動公園になっているが、観光ルートから外れているせいかほとんど人は見当たら
なかった。

ただ、カラスは異様に多かったのが印象的だった。

終着点


この運動公園から一路、登っていけば見返台公園まで到達するが、途中どこで道を間違えた
のかキャンプ場に入ってしまった。

悪天候の中キャンプをしている人がちらほら見られたが、皆観光か登山に行っているのか人
気は無かった。

山のほうに近づくにしたがって雨がひどくなってきたので、見返台公園に行くことは諦め、とりあ
えず元来た道を戻ることにした。

この日は、観光よりはむしろ足を休めるための日なので無理をしなかった。


自転車道路を戻り、原生花園のなかをブラブラこいでいると海岸まで行くことが出来るダート道
を発見、海岸に出ることにした。

海岸は黒い岩ばかりで、この利尻島が火山性の島であることを物語っていた。

溶岩  


自転車道近辺には休憩できるようにベンチがたくさん置いてあったが、日時計も置いてある少
し立派な東屋で、とりあえず記念撮影を行なった(強風が吹いて倒れるノッポン)。

利尻島はかなり西風が強く、この写真を見れば判るように常に山の西側斜面に雲がかかって
いる。

時折突風のような風も同じ方向から吹いてくる。

この東屋では、ちょっと眠たくなったので昼寝をしてしまった。

この自転車道路を有効利用している人は、オレ一人だけだったので気兼ねなく昼寝することが
出来た。


2時間後、目が覚めたのでこの東屋の近くにあった海岸に降りることが出来るガケを降りて、
遠くにある島を眺めることにした。

まあ遠くといってもたかが知れているが、ポンモシリ島という島らしい。

がけの近くにはエゾカンゾウが咲いており、ここでようやく至近距離で撮影することが出来た。


ここで、例の裏テクの様子を撮影することにしたが、ちょっと凄いことになっている。

かなり曲がっており、交換しようと思っても既にネジが回らない。

これはどうなるのかなぁと思っていたが、キャリアがディスクブレーキに触れていないのでまあ
当分は大丈夫だろうと、この時思っていた。


今度はもう少し近づいて、富士園地という展望台からポンモシリ島を撮影した。

看板によるとポンモシリ島は海鳥の繁殖地になっており、また珍しいクロユリというユリが生え
ているそうである。

クロユリはちょっと見てみたかったが、あいにくポンモシリ島に渡るには『泳いでいくしかない』ら
しいので遠慮しておいた。

なお、利尻グリーンヒルYHでは利尻島で行なった所定のイベントをクリアするとある称号を授
けられるらしい。

称号の詳しいことは忘れたが、

*YHに5連泊
*利尻山に登る
*歩いて利尻島を一周
*ポンモシリ島まで泳いで戻る

これをした人には『鉄人』だか『超人』だかそういう称号が与えられる。

称号を与えられると称えられ、YHの食堂に名前が貼り出されるらしい。

残念ながら自分は2泊しかしないので称号を取ることは出来なかったが、利尻島は非常に気に
入ったので、まあオレの名前もいずれ載るだろうと思っている。


富士園地はYHのすぐ側にありこれで元いた所に戻ってきたわけだが(しかも目的を何も完遂し
ないで、昼寝しただけ)、今度は逆方向の自転車道路を行くことにした。

富士園地以東の自転車道路は山のコースとなっており、緩やかなのぼりがすぐに始まってい
る。

利尻空港側に自転車道路は走っているが、それほど頻繁に飛行機が来るわけではない。

30分ほど飛行機が来るのを待っていたが、結局一台たりとも離着陸を行なわなかった。

少し登ると立ち枯れた木の立っている湿原があり、もう少し登ると鴛泊登山口に続く道路に出
た。

その道路近辺では利尻山に固有な植物を扱った高山植物園があった。


この辺から腹が減ってきたので、側にあった利尻富士温泉レストランに入りちょっとゆっくりす
ることにした。

天候のほうはいっこうによくならず、相変わらず薄暗く時折雨が降ってくる天気であったが、自
転車道路の整備具合やその風景には結構満足していた。

この荒涼とした感じが、何となく北の最果てにある自然を思わせたのである。

レストランでは海草ソバみたいなものを食べたが、これは結構おいしかった。


1時間ほどボーっとしていると登山を終えた人がちらほら見られるようになった。

話を聞いていると、天気が悪すぎて諦めて9合目で下りてきたとの事、明日登れるか少し不安
になった。

この後の予定は全く考えていなかったが、まあ特にやることも無いので姫沼というきれいな池
があることを聞いてそこを目指すことにした。

姫沼は自転車道路で更に進んだ先にある。


高山植物園辺りから傾斜も急になりあたりを森林で囲まれた山岳風のコースになったが、風が
比較的穏やかだったのでのんびり登ることが出来た。

道の途中で帰化植物が群生している様子を撮影した。

この自転車道は海岸沿いのものとはまた違った面白さがあり、谷に橋を渡してある地点などは
見晴らしもよく、天気が悪いことをのぞけば良い写真が撮れたと思う。

カラス
山側
海側
地滑り
ベシ岬


少し先に進んだところで『富士見休憩所』という東屋があったのでここで休むことにした。

到着と同時に結構雨が降ってきた。

富士見とはおそらく利尻富士を望むと言うことだろうが、あいにくの天気のため全く山の家は見
えなかった。


この東屋も結構気持ちがよく、寝たり散歩したりしながら1時間ぐらいボーっとして過ごしてい
た。

まあ言うまでも無いが、この自転車道を通っているのは自分だけである。

雨が少しマシになってきたので再度姫沼を目指すことにしたが、いきなりの濃霧!!

5m先が見えないほどの濃霧は初めてで、カーブの多いこの辺りの道路をスピードを出して進
むのは気が引けた。


まもなく姫沼に到着し一周1kmと言われる姫沼を遊歩道沿いに一周することにした。

姫沼一周
最初
歩道
鳥がいたところ
湧き水
チャリとともにゴール

到着と同時に観光バスのツアーグループがドサドサと押し寄せてきたので姫沼をすぐに後にし
た。

この姫沼は野鳥とかも結構いて、なかなかきれいな沼である。

利尻島に寄った際は、行くべき観光ポイントの一つだろう。

もし晴れていると湖面に利尻山が映る光景が見えると思われる。


姫沼の後は東側の自転車道路末端である野塚展望台に着いた。

画像を見れば判るが、島全体が厚い雲に覆われている。

この時は6月22日で夏至の翌日、すなわち日がかなり長かったのだがこの雲のせいで薄暗く、
雨もあいまってかなり気温が低かった。

ちょっと寒くなってきたのでYHまで戻ることにし、12kmの道のりをゆっくりこいでいった。


YHまでの途上にかのセイコーマートが建っているので、そこで今晩の飯を買い(このYHは晩飯
が出ない)YHに戻った。

YHに戻ると利尻島を観光していたであろう宿泊者が食堂でテレビを見ながら飯を食べていた。

その中の一人に関西から来た学生で、利尻島の観光事業について調査している某U君という
子がいたが、彼とは住んでいる場所が近いこともあっていろいろと盛り上がって話をした。

何でも彼はゼミの調査で利尻島の観光について観光客にアンケートをとるといううらやましい
課題をしているらしいが、当然自分もそのアンケートに答えることとなった。


アンケートに答えている最中、いろいろな話をしたが何でも彼はボーイスカウトのリーダーをし
ているそうで、秋にボーススカウトの連中を利尻島に連れてくるための下見と言う意味合いもあ
るらしい。

彼と話していると自然に登山の話になったが、その中に広島から来ているバイカーも加わり、
明日の登山の予定などについて話すことになった。

バイカーの人は登る予定は無かったが、明日一日暇なのでどうしようと思っていたらしく、俺の
熱弁により(一体何もんだオレは)バイカーは利尻山に登ることになってしまった。

他にも神戸から来た人も話しに加わっていたが、この人は登山をする気は無いようだった。


また今日登ろうとしてあきらめた人から、オレが登ろうと思っていた沓形ルートは『5月に崩落し
て死者が出て閉鎖された』との貴重な情報を得ることができた。

このとき『オレとバイカーの命が助かっていた』とは夢にも思うまい(後述)。


U君は明日で帰ってしまうので利尻山に登ることは出来ないのだが、また関西に帰ったら会う
約束をした。

また、彼のアンケートに協力するために4枚ほどアンケート用紙をもらった。

夜も適当にふけたのでもう寝ようかなと思ったとき、ペアレンツから登山計画書および携帯トイ
レを配られた。

登山計画書を見たとたん、ああ結構凄い山なんかなあと思い、明日に向けての心の準備のた
め登山用品の一切を準備し、食堂の机の上においておくことに決めた。

まあ同じ部屋の人らを起こさないようにするためでもあったが。

バイカー(バイカーだとあだ名としてアレなので『ヴェスパ』と以降呼びます)と明日の朝午前5時
に宿を出ることを約束し、寝ることにした。

明日はおそらく晴れるだろう、と思いながら寝た。

恐ろしく強い風が窓を揺らしていた。


S.B.R.レース、四日目:温帯低気圧、ノッポンを直撃

一位 テレビ父さん
ダラダラするのであれば私に任せろ。

二位 ウルトラマンタロウ
ちょっと船酔いしたけど休憩日だし。

三位 ノッポン
同じ塔でもダラダラは苦手のよう。

四位 マーライオン
いつも水を吐き続けて頑張っているので休むと体調を崩すよ、とのコメント。

ゴールの瞬間

走行距離約100km。





8章:ノッポンは地獄を見た


4時45分、起床。

そう、この日はいよいよ日本百名山の第一、利尻島に登る日である。

前日、近所のセイコーマートは午前8時開店(通常は24時間営業)であることを既に見越し、朝
食および山頂で食べるであろうご飯(どうせ菓子パンだけど)を購買済みであった。

さすがオレ。

山に持っていくものの準備は既に事前に用意し、一階の食堂の机の上に並べてあったのでパ
ッキングさえ終わればすぐに出て行ける状態であった。


この日、予定では一人で登るはずだったのだが、前日にべスパを説き伏せYHの客として2人で
登ることになっていた。

べスパは自分が起きた時点で既に起床しておりテレビで天気予報を見ていた、が用意は終わ
っていなさそうだった。

何より、登るつもりで利尻島に来たわけではなかったのでバイク用の装備しか持ってきていな
いと聞き、あの強烈な説得を申し訳ないと思った。

べスパは起きた時点では登るかどうか迷っているようだったが、俺が起きたことによって覚悟
を決めたように見えた。


さてさて、期待の天気のほうだが温帯低気圧が降らせた雨が島の西側に降り注ぎ、貯留され、
気温が高くなるとともに強い西風に乗ってどんどん雲になっていったのであろう。

まあ結論を言うと、山頂はおろか山の5合目ぐらいまでしか見ることが出来ず、上のほうはどの
ような地獄絵図になっているのか…ちょっとはかりかねた。

とりあえず、前日決めたここで登山終了!と言う条件については、

*生命の危険

のみであったために、これは今思えばなかなか無謀な試みだったのではないかと思う。

おそらく生命の危険を感じた段階で、行く道は限りなくひとつの方向にシフトしているに違いな
い。


山は黒雲に覆われているものの、日の出も早く比較的明るい上にスタート地点のYH周辺では
雨が降っていなかったために、何となく大丈夫ではないか?ということを予感させた。

準備を終えしばらくべスパおよび神戸さん(前日、途中まで一緒に行くといった人)を待っている
とそれなりの装備で降りてきた。

まあ言うまでも無く一番登山の装備になっていないのは、このオレに他ならない(カバンはメッ
センジャーバッグ、手袋は自転車用)。


と言うことで、5時21分登山開始

YHからは昨日自転車で既に通ったチャリ歩行者専用道路を通って登山口に続く道路へ入るこ
とにした。

歩くのであれば断然こちらのほうが近いので、YHに泊まる方がいればこちらのルートをオスス
メする。

何より、周囲の風景とか整備されているので、歩いていてもなかなか気分が良い。

天気は曇っているものの絶望的、と言うわけでもなく風もそんなに吹いていなかった。


べスパは間だ寝起きっぽかったので余りしゃべらなかったが、神戸さんとは妙な話を色々した
(旅行の話からインドにはまったという話になり、その後インド宗教関係に行ってしまったとか、
そんな話)。

まもなくチャリ専用道路も終わって、登山口に続く大きな道路へ合流した。

この道路の歩道はコルクのような材質で作られておりかなり柔らかく、多分頂上まで行って帰
ってきた人の足を痛めないようにするための配慮だと思う。

この歩道だけで結構金がかかってそうだったが、さすがはこの利尻島の観光資源である。


道路を登りきると丸太で作られた門のようなものがあり、これが利尻山登山口であることを物
語っていた。

確かここまで来るのに1時間近くかかったはずである。

ただ不思議とそれほどの時間が経ったように思えなかった。

この段階でべスパの足の豆がつぶれ、本当に登れるのか少し心配になった。


この登山口で一組のカップルとすれ違ったが、登山を諦めたのか少し先にあるキャンプ場に宿
泊しているのかはわからない。

ともかく登山口をくぐり、キャンプ場の中の道をどんどん登っていった。

キャンプ場内部の道も自動車の通行は可能で、おそらくツアー客などは一気にこの辺りの舗
装路を飛ばして登るのだろうと思う。

事実、バスが一台大量の人間を載せて上がっていった。

せっかく利尻島に来たのに、途中から登ると言うのは少しもったいないような気もするが。


そうこうしているうちにとうとうキャンプ場の領域もはずれ、後は曲がりくねった舗装路がどんど
ん上へ伸びているだけの道になっていった。

麓では良かった天気も、この段階から少しずつ雨が降り始めて、風もかなり強くなっていた。

針葉樹はぶんぶん風に振り回されて、ものすごい音を立てていた。


そしてようやく、舗装路の終点にたどり着きアスファルトの登山道であった道が少しずつ山の土
を含んだものになっていった。

途中、犬の散歩をしている地元の人とすれ違ったが、こんな感じの天気では頂上はどんなもん
ですかと聞いてみたところ、『登ってみないとわからん、まあ頑張りや』と言われた。

まあその通りだろう。


利尻島から流れてくる雨水は、名水の一つに数えられているようで甘露泉水というたいそうな
名前がついていた。

ちなみにこの甘露泉水は鴛泊の港にまで水道管が引かれていて、別に山に登れなくても飲む
ことが出来る。

まあ、そのような邪道な方法はとらず、このオリジナル甘露泉水でのどを潤し、空っぽのペット
ボトルを水で満たすことにした。


この甘露泉水のある場所は利尻島でいう三合目に該当し、この時は『なんや、もう三合目か』
と少々拍子抜けした。

この程度で三合目であれば、六甲山のほうがまだしんどいかもしれないとさえ。

神戸さんとは、とりあえずここでお別れということで、神戸さんはそのまま姫沼に続くトレイルに
入っていった。


さて、ここからが真の登山と言うわけだが、甘露泉水以降しばらくは平坦な道が続いていた。

樹木は針葉樹が多いが、ところどころ落葉樹も見られる。

植生はこんな北の割にはそれほど貧相と言うわけでもなく、むしろ色々な植物が生えている
とは驚きであった。

ちなみに、植物の分類とかは詳しくないので、オレにこの点に関してはつっこまないように、


森林に入ってからは雨のほうは大分防がれたが、風が吹いたときにブォーーンとものすごい音
を立てて木が揺れていたことは軽く恐怖だった。

もしかしてこの風は強すぎるのではないかとも思っていたが、樹木のおかげで体に感じる風は
それほどでもなかった。

べスパはこのものすごい音を雨の音と勘違いしたらしく、この暴風雨の恐怖でこのあたりで参
っていたらしい。


周囲の空を見ると雲がものすごい勢いで移動しているのが見え、既に雲の中にいることを想像
させた。

その凄い風に押しのけられるように、たまに太陽らしきものが顔をのぞかせ、晴れるのでは?
と言う期待感を抱かせたが、すぐさま黒雲が太陽を覆っていった。

べスパとは天気のことについて会話をしていたが、太陽が出たり隠れたりするたびにオレのテ
ンションは上がったり下がったりと、さぞかし会話が大変だったと思う。

道は平坦であるかのように見えたが、少しずつ登ってきているようで、樹木が少なくなってきて
残っているのは針葉樹のみになっていった(麓のほうでシラカバとか、はえてたんやけど)。

この写真では、この利尻島の強い偏西風を現す様に東側のみに枝が伸びている様子がよくわ
かる。


このあたりで例のブォーーーオオーという音は少なくなってきたものの、風をダイレクトに体で
受けることになり、この辺で結構自分もくじけそうだった。

また、このあたりで登山に挑戦したものの諦めて降りてきた人とすれ違い、この上はもっとヤ
バイ、と言う話を聞いて更にテンションは下がった。

そんな中、オレとべスパの考え方は『ヤバそうだったら帰る』と言うものだったと思う。


4合目に該当する看板は、おそらく存在しなかったのか次の写真はいきなり5合目だった。

まあ5合目までもわりとすぐに登ることが出来たので、それほど印象深いことは無かったはずだ
が。

4合目から5合目にいたる付近からあからさまに樹木の背が低くなってきたのは印象的だった。

山に登って面白いことに1つは、明らかに植生に変化が現れる点である。

上のほうに行けば行くほど、同じ植物でもしょぼくなる。

とりあえず5合目の看板の写真を

まあ写真を見ればわかるが植生の大半をハイマツが占めていることがよくわかる。

5合目、即ちこの時点で標高は800mぐらいのはずだが、この低さでハイマツが優占というの
は、まさにこの極北の山と言うイメージを反映している。


5合目から、利尻島はその牙を剥いた。

突然その傾斜が増したのである、それも、露骨に!

ハイマツばかりなのでダイレクトに風が吹き荒れ、雲はすっ飛んでいく様子が見て取れた。

雲がすっ飛んでいくので、雲が西から飛んでくるたびに天候が変化し、曇り時々晴れ時折
、と言う具合だった。

特にこのあたりから、雲の粒なのか雨なのかよくわからなくなってきた。


傾斜のほうは急になっているものの、まあチャリで100km以上走ってきた自分にとっては傾斜
などあって無いようなもの

べスパもマメの様子は大丈夫のようで、しっかりついてきていた。

そしてとうとう6合目に到着した


6合目に到着したところで少し休憩をとることにしたが、風が横殴りのためハイマツの陰に隠れ
ていれば雨が降っていても風が吹いても余り関係が無くなる。

特にハイマツはさすが常時この風に吹かれているだけあって、風速15m以上はあろうこの状況
でもかろうじてその体を揺らす程度であった。

ところで6合目の第一見晴台についてだが、当然、何も見えやしない

完全に雲の中に入っているようで上も下も視界が15mと言う程度だった。

登っていない人から見ればただの曇った画像にしか見えないが、この状態でこの凄い暴風が
吹き荒れているのである。

べスパはわかるよね!


6合目以降は完全にハイマツが植生を占める事になり、もはやその暴風をさえぎるものは何も
無かった。

雲はぶっ飛んで行き、雲の粒が体に当っては少しずつウィンドブレーカーを湿らせていった。

そんな暴風の中、べスパと自分の共通認識は、『とりあえず8合目まで登ろう』というものへと代
わっていた。

この状況(といっても懸命なる読者諸君はわからないと思うが)では、もはや頂上に上ることす
ら諦めつつあった。

ただ、この暴風吹き荒れる状況の中、やたらと植物の写真だけは熱心に撮影していたようで、
6合目から7合目までの写真は、その全てが植物関連である。

6合目以降植物シリーズ

(アジサイのような高山植物)
(蝋梅のような高山植物)

他にもいろいろ写していたが、まともに写っていたのはこれだけ。


6合目〜7合目の登りは、やはり急な傾斜で次第にべスパを置いていく事が多くなってきた。

自分は、明確に下り嫌い、登り好きの体質なので登りだけは速いのである。

ただ、吹いてくる暴風に時折心を折りながら、たまにべスパが勝手に帰っていないか確認する
ために少し待ったりもした。

道幅はかなり狭く、上から来る人を避けて歩くのはかなり困難だろう。

この道でようやくともに登りに挑戦する人を見つけ、かなり勇気付けられたことを覚えている。

その人の話を聞くと、午前5時半スタートと言うのは、利尻島を登る人たちにとってはかなり遅
いほうに分類されるらしい。

事実、かなり休憩していたが我々の後から登ってくる人は後から来たツアーだけだった。


そして、大して状況が変わらない中、とうとう7合目に到達した

7合目の名前は七曲、この名前が出てきたということは即ち、この先はめっちゃキツイというこ
とが明らかであった。

六甲山でも七曲道という道があるが、六甲山における一番大変なルートがこの道である(まあ
大変といってもたかが知れているが)。

なお、七曲からの展望ご覧の通りである。


七曲でしばらく休んだ後、再びスタートしたがこの道の傾斜ははっきり行ってなかなかのもんだ
った。

六甲山など比べ物にならない。

しかも足元は雨でぬかるみ、時折ズルッと滑った。

ハイマツの枝をつかみながらゆっくり登っていったが、傾斜がきついのかべスパはあっという間
に姿が見えなくなってしまった。

ただ、べスパが見えなくなると同時に、少し先に登っている夫婦を発見した。

ご夫婦に追いつき、少し話をしたが昨年まで高校の先生をして登山部の顧問を務めていた方
だった。

まあ、いうなれば登山の熟練者と言うやつで、オレのような素人と違ってしっかりと装備を決め
ていた。

この時のオレの装備は、ジーパン、革靴、ウィンドブレーカー、野球帽、メッセンジャーバッグ
である。

特にジーパン、野球帽は完全に何かを間違えている。


とりあえず、この2人に、しばらくするとべスパが登ってくるので会ったときには励ましてや
ってくださいと頼み、自己中にもご夫婦を抜かして一気に登ることにした。

傾斜がきついところはダラダラ登っていると逆にしんどいので自分は一気に登ってしまうことが
多い。

まあ本来はペースを守ることが登山なので、明らかに邪道、これは一般的なマナーからすれば
お勧めできない。


ご夫婦とすれ違ってから比較的すぐに8合目へ到着した。

とりあえずべスパとオレの目標である8合目に到着、ということでべスパをまつことにしたが、8
合目の広場で麓で会ったツアー客に『あんた!べスパ置いて来たんか!』と怒られた。

何かしら言い訳をしようと思ったが、まあ完全に悪いのは自己中のオレなので、そのまま笑っ
てお小言を聞き流す以外に無かった。

8合目の様子


8合目は一旦途中の山を登りきり、それからしばらく平坦な尾根線を通って山小屋に至るという
ルートらしく、山小屋までの間、風雨が吹き荒れているのは容易に予想がついた(風はそういう
ところをビュンビュン通るから)。

したがって、8合目でとうとうジーパンの上からレインウェアを着ることにした。

それから待つこと15分、べスパが到着した。

べスパは再びマメがつぶれてしんどそうだったが、8合目の天気の様子を見てどうやら頂上ま
で行くことを心に決めたようだった。

まあべスパが行くならオレもということで、しばしの休憩の後、8合目を後にすることにした。

写真は無関係なハイマツの実


8合目以降は一旦やや下りに近いルートを通り、これまで蓄積した位置エネルギーを消費して
いったが、これは非常に残念な思いだった。

ただ、傾斜がなくなったこともあって周囲の様子に気を配る余裕も出てきたので再び植物の写
真を撮り出したようである。

しばらく写真は高山植物が続く。

(蝋梅に似てるけど何か違う花)
(ランみたいな形の何か)
(青い花)
(植物とは違うけどものすごい勢いで風が吹き上げているポイント)


道は一旦直角に曲がり、尾根線に続く道を歩いていくと、とうとう山小屋に到着した

山小屋では先ほど怒られたツアーの人たちと再びかぶったが、今回はちゃんとべスパを連れ
ていたので特に何も言われなかった。

皆さんここで一旦休憩しているようだったが、しばらく続いた平坦な登山道のおかげで、べスパ
の体力はかなり回復、休憩を要することなくその人たちを抜かして再び先を急ぐことになった。


一旦下ったおかげで、再びハイマツがちらほら見られるようになり(書かなかったが8合目以降
は周囲は笹ばかりになっていた)、暴風を直に受けずに登ることが出来た。

天気は相変わらずこんな状況で、一向に回復するような傾向も見れない。

(イワベンケイ)

登山道は再び傾斜も上がり、しかも先に登った人たちによってかなりの状態の悪化を見た

しばらくは、少しかがめば背が隠れる程度のハイマツの高さであったが、あるポイントを境に
イマツは地上20cm程度の低さに転じていた。

ハイマツも既に偏西風に乗って傾斜すると言うほどの様子を見せ始め、まあこの辺りが利尻島
のティンバーライン(森林限界)であることを物語っていた。

ところで森林限界って、ハイマツも生えない状況だったっけ?


時折、風が強すぎるのか山が荒れているのか、ハイマツすら生えない地点もちらほら見られ、
この赤い土の色とあいまってこの世ならざる雰囲気を醸し始めていた。

ただ恐れ入るのが、暴風吹き荒れ雨なのか霧なのか雲なのかもよくわからない状況で、花の
写真だけはやたらとたくさん撮っていたことだろう。

まともに写っているもののほうが少ないが。

写真はおそらくイチゴの花か何かだと思う。


べスパは8合目以降、新たな力がわいてきたのか、しっかり着いてくるようになった。

そしてとうとう、9合目に到達した

9合目の看板曰く、『ここからが正念場』だそうである。

確かに8合目以降はそれほどの傾斜は無く、七曲に比べてもだいぶ楽に感じたが、正念場と
は一体・・・。


9合目で再び元教師のご夫婦と合流し、一緒に登ることにした。

順番は先頭からべスパ、ご夫婦、オレの順番である。

ただ、しばらくするとご夫婦が、べスパが視界から消えた(べスパのペースに追いつけなくなっ
た)と仰り、再びともに登ることにはなったが。

9合目以降のべスパは神がかっており、もはや樹木すら生えない地獄のような登山道を凄まじ
いペースで登っていた。

写真は元教師のご夫婦


9合目を少し過ぎたあたりで頂上まで行った帰りの方に遭遇!このことでやはり頂上まではい
けるのだと言う思いを強くした。

とりあえず、特に話題も無いので花シリーズ公開

(名称不明、何かのつぼみ)
(名称不明、何かの花)


9合目以降、これまでの傾斜と異なり本気で登山になってきた。

おそらく斜度は30度以上はあるのでは?という場所もちらほら見られた。

風もかなり強くなり、吹き上げてくる風によっては飛ばされて落ちるのでは?と思ってしまうほど
の場所も幾つか存在した。

凄い斜度の場所1
凄い斜度の場所2

ロープがあるうちは良いが、時折ロープも無い場所も存在し、すれ違ったツアーで来た人らな
んかはこの天候で登れるのかどうかわからなかった。


また、ロープは付いているもののかなりの傾斜および崩落しやすい赤土で形成されている場所
があったが、ここなどは登山ブームの影響かかなり崩落が進んでおり、正直言って酷いことに
なっていた。

極力崩落させないように、橋の方を通ったもののすれ違った頂上まで行ってきたカップルは降
りるときにかなりの崩落具合を目の前で見せてくれた。


この崩落ポイントを登りきると、この利尻山においては最も強い風が吹くであろうポイント、鴛泊
ルートと沓形ルートの合流地点が見えてきた。

合流地点

このポイントで吹いていたであろう風は明らかに20m/s以上、沓形ルートはかなり霧が酷くほぼ
視界は0の状態だった。

天候がよければこのルートでと思っていたが、今年の4月に崩落、死者が出て閉鎖と言うことに
なっているらしい。

まあ結果論だが、このルートを選択すれば間違いなく『命の危険』と言うものがあったに違いな
い。

この合流地点の風が余りにも強いために、ここで諦めた人も何人かいたらしい。


飛ばされないようにロープを握りながら(今思えば飛ばされても反対側の傾斜は比較的緩やか
だったが)少しずつ急傾斜を登った。

この吹き荒れる風の中、頭の中は徐々に麻痺してきて風速20m/s以上の中でもだんだんと平
気になってきた。

それよりも、この植生からそろそろアレ(頂上)が近づいてきたのでは、と想像することのほ
うが嬉しかった。

風化して山から切り離されたピーク
もはや赤土のみの植生0状態
雲の粒が根っこに張り付いて滴になった

吹き荒れる風も、もはやこの段階では覚えておらずこのあたりはちょっと現実感が無い。

例の合流地点で何かしらの壁を越えたような気がした。


そして、とうとうそれがやってきた。

それ

この写真ではわかりにくいが画面いっぱいに広がる土の塊が頂上である。

もう後10m登ればという地点だが、ここに大いなる難関が待ち受けていた。

頂上がある土の塊にわたるための橋のような形をした部分があるのだが、その右側部分から
かつて無い強さの風が吹き上げているのである。

その様子を写真に撮れば良かったのだが、怖すぎてそんなことを考える余裕も無かった。

風でどんどん風化して行っている土の壁、したまでの距離は雲がどんどん吹き上げられて全く
確認することが出来ないが、風が吹いてくる感じからかなり高いと断定できる

落ちたら間違いなく死ぬ。

そう思わせる凄まじい自然の造形、それが最後に待っていたのである。


まあ引っ張って申し訳ないが、そんな恐ろしい橋(自分はこの橋のことを三途の川と呼びたい)
には、吹き上げられる風に影響を受けたのか左側部分に落ちている人の姿もあり(その人は
無事引っかかっていたが)恐怖倍増!

風の影響を極力なくそうとほとんど這いながら長さ約5mの橋を渡りきった。

渡りきった直後の写真

左側に見える将棋のこまのような岩の向こう側にあるのがその吹き上げポイントである。

べスパも無事橋を渡りきり、午前11時5分!やったぜ登頂成功!


頂上ではアレほど強烈に吹いていた風はピタリと止み、完全な無風地帯になっていた。

雨も降らず、丸い太陽が雲を通して見えることもあった。

利尻島頂上写真集

登頂して最初にとった写真
頂上とは切り離されたもう1つのピーク
ノッポン利尻島を極める
メッセンジャーバッグ利尻島を極める


頂上では写真を撮ったり撮られたりとともに登った人たちと興奮して色々話をした。

無風地帯なのでこれまでと違ってよく声が聞こえ、顔もよく見えた。

更に、事前に購買していた菓子パンを食べ、コーラを空け、そんな余裕が伺える20分間であっ
た。

頂上には後からどんどん人が登って来るので、一応人を入れ替えなければならず(といっても
20人ぐらいはゆっくり出来ていたが)、ツアー客がごそっと来たことをきっかけにいよいよ降りる
ことにした。


ツアー客を率いていた登山のプロっぽい人とちょっと話をしたが、例の三途の川の部分は年々
細くなってきており、補強工事をしようとすると逆に崩れてくるのでいつか登れなくなる、と悲し
そうに話していた。

登山で食っているのに、その仕事が山を荒らしている原因ということで、色々葛藤はあるのだ
ろう。


なるべく別のところから降りたかったが、やはり三途の川を渡らなければならず、嫌々渡ること
になった。

帰りの三途の川

9合目以降の急傾斜はかなりのもので、強風もあいまってちゃんと降りることが出来るかどうか
不安だったが、いざ降りてみるとそれほどしんどいものでもなかった。

崩落を防ぐためにゆっくり降りるので逆に足に負担がかからず、周囲を見る余裕すら生まれて
いた。


ふと横を見ると、雲が薄いポイントがあり雪渓が残っているのが見えた。

登りのときに比べると幾分、雲も薄くなってきているようで合流地点を除けば視界が徐々に広
がっているのがわかった。

植物シリーズ

(イワベンケイ、開花前)
(青い何かの花2)


下りは、カメラを握る余裕が無く、両手を使って下りなければならないポイントも幾つかあるた
め、概して写真が少ない。

この後、一気に登山小屋まで下りた

登山小屋では途中で登るのを諦めた人たちと話をしたが、やはり合流地点の強風にびびって
諦めたと言っていた。

下りの荷物を少なくするためか、しきりに持ってきたおやつを勧めてくれたが、沖縄の人たちか
らもらった黒糖関連の何かは非常においしかった。

沖縄に行くことがあればぜひとも食べたいものの1つである。


登山小屋の外でしばらく休み、再び下り始めた、その途端!青くて美しい何かが視界に飛び込
んできた!

そう、とうとう雲が晴れたのである!

8合目からとはいえ、やはり太陽の照らす青い海を山の上から見るのは絶景だった。

こういう経験は島だからできるのだと感じる。

この後、晴れたのが嬉しくて同じような写真を何枚も撮っているが、まあ許して欲しい。

とりあえず出来の良いものを公開。

(青くて美しい何か+一緒に降りた人)
(晴れた山小屋周辺、凄い勢いで雲が吹き上げているのは圧巻)
(高画質青い海、白い雪渓)

(雪渓)
(更に遠くから撮った山小屋)
(麓の鴛泊港とベシ岬)

(絶景、尾根線、海、雲)
(絶景2)


まあとにかく、凄いものが見れたということです。

写真では全てが伝わってないのが非常に惜しい!

まあこんな感じで下っているとあっという間に8合目に到着

8合目でしばらく休むと、登山グループの方たちと一緒になり、元教師のご夫婦を含めた編成
で下りることになった。


8合目以降、絶景を公開

(雲海、鴛泊)
(ベシ岬)
(カラフル)
(樺太が見えた?)


元教師の方たち、特にお父さんのほうは食の安全保障に危機感を持っており、その人と農学
部で得た知識を何とか駆使してそうした問題について話し合いながら下るという、なんともアカ
デミックな下りを楽しんだ。

しゃべっているので時間はあっという間に過ぎていったが、ペースはゆっくりだったようでそれ
ほどの足の疲れというものを感じなかった。

多分5合目前後の風景など

(エゾカンゾウ?)
(偏西風によってこうなった木、行きも撮った

このあたりはひたすら、日本の食糧危機などの問題について話し合い(今思うとえらいことにな
っていたなぁ)、ほとんど風景の記憶が無い。

べスパはその間何をしていたかというと、奥さんとしゃべっていたらしい。

そんな感じでようやく・・・甘露泉水に到達


甘露泉水では登りで消費した水を汲み、一緒に下った登山グループの皆さんとはここでお別
れということになった。

一方、元教師ご夫婦とは相変わらず話題沸騰、キャンプ場まで一緒に下り、最後に昨日U君に
頼まれたアンケートに答えてもらって、『いつか富山に来たら是非うちを訪ねて!』とまで言わ
れ、この後別れることになった。

なんでも、バスが迎えに来るのだそうだ。


結局YH組は最後まで歩いて帰る!と決め、今日一日のことを楽しく話しながらYHまでの道のり
を帰っていった。

そして・・・午後4時58分、利尻グリーンヒルYH到着!

総歩行距離24km強、時間は11時間半、まああの天気にしては良いペースで登れたと思う。

利尻島を見ると、笠雲がかかっていた


YHに帰ってまず行なったことは、泥で汚れたレインウェアなどをホースで洗浄、そして吹いてく
る強烈な偏西風に当てて乾かすことだった。

ユースのペアレンツにはやや興奮気味で山で起こったことなどを話、ユースに来たこれから登
るであろう人たちにもとうとうと今日一日のことを自慢げに話した。

やはり、山に登ると地上では偉くなったように感じてしまう。


靴を洗っている段階でべスパの靴はなんと、ただの運動靴であったことが判明した。

それもアディダスの限定物のスニーカーらしい。

パッと見、足袋のようなものに見えたのでなかなか用意が良いなぁ、とまで思っていたのだが
滑りやすい運動靴で1700m登るとはやはり只者ではなかった。


荷物などの整理もおわり、一段落したところでべスパとともに夕飯および酒を買いに行き、今
日は呑むで状態に突入した。

ちなみに、べスパは既に働いているのでビールをおごってもらった、サンキューべスパ。

YHの食堂で酒盛りを開始したが、山に登っていない人間を捕まえては絡み、今日のことを自
慢げに話すという、比較的たちの悪いことをしていたが、まあこれもYHの魅力の1つと我慢して
欲しい。

べスパとは数時間色んな話をしたが、結局は今日の話に戻っていくというルーチンをいつまで
も繰り返した。

それでも十分楽しかった。

呑んで話していたので時間の経ち方がわからずいつの間にか風呂に時間を超過ということに
なったが、まあ酔っ払ってるのでお互い気にせず、今日来たばっかりの人間も交えて楽しく夜
はふけていった。


べスパはこの後、礼文島に渡り、そこでも8時間歩くと言っていた。

自分も明日はクッチャロ湖まで走るが、さすがに8時間チャリに乗ろうとは思わない。

フェリーの時間が8時過ぎ、ということで切りの良いところで呑みを終了、就寝した。


とりあえず、この日利尻島に登ってみた感想だが、悪天候の中登ったということで、利尻島の
厳しい側面を感じながら登れたというのが第一に誇れる点だと思う。

また、下りは結構晴れたので、この点に関しても運が良かった。

何より登山者の皆さんと会話しながら楽しく山に登れたのは非常に良かった。

ただ、崩落していく利尻山を見るに、『オーバーユース(過剰利用)問題』に関心を持ち出したの
はこのことがきっかけだった。

利尻島は非常に多くのものを自分に与えてくれたが、同時にその山に登ったことによりオーバ
ーユースに加担したという罪悪感は今もぬぐえない。

将来、登山不可能になるかもといわれているこの利尻島の保全策というものを切に望む。


就寝、偏西風は相変わらず窓を鳴らしていた。


S.B.R.レース、五日目:ノッポンは地獄を見た

一位 ノッポン
地獄を見た。とのコメント

二位 マーライオン
山なんか登ったこと無いよ、とのコメント

三位 テレビ父さん
まさか、登る日に嵐が来るとはね、彼も運が無い、はっはっは。となめたコメント

四位 ウルトラマンタロウ
もう、ムリっす。息できないっす。とのコメント

走行距離0km。


オマケ写真 

9章:北を極めろ、ノッポン!に続く
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